2004.Feb.27.Fri And Then There Were None [長年日記]
■ 朝マック
た、食べ過ぎた。
■ ぷ〜ん
寝かせておいた物件にやっと手をつけられそう。もう発酵しすぎて、くさってるかもしれない。しかし、もっと危険なブツが。催促されないのをいいことに、何カ月置いてたのやら。・・・きょわい!
■ ORBIS
GARE大阪となんばシティにオープンしたオルビス(シティは土日オープンか?)。最近CMでもバンバン宣伝してますねえ(はなちゃんが出てるの)。今までネットでしか商品がわからなかったけど、これからは手にとって見れるわ。オープン記念品もあるらしいので近いうちに寄りたいな。
■ Religion.
麻原の判決、若村麻由美のダンナ、全米公開された「パッション」の反響、と今日は宗教絡みの話題が満載。無宗教とはいわないけど、神にも仏にも手を合わせちゃうような私にはなかなか理解できないことが多い。信仰のために他人の命まで奪えるというのはまったく理解を超えることなのだけど、びんらでぃんとかの世界も似たようなものなのかと考えると、World Wideではよくあることなのかとも考えてしまう(自爆テロとか)。
殺人までいかなくても、「パッション」関係の論争であんなに熱く言い争ってるのも不思議だ。人を幸せに導くものが信仰だと思っているので、それが争いのタネになるなんてすごく矛盾してる。しかし、大昔からいろいろな宗教の名の下に繰り返し争われてきたことを考えれば、「宗教」の問題じゃなくて「人間」の深いところの問題なのだという気がする。
もし本当の神様に質問できるのなら聞いてみたい。「何故、人間の中には平和を望む心と争いに向かう心と両方あるのですか?」
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人を好きになることも有れば嫌いになることもあるからです。>人間の中には平和を望む心と争いに向かう心と両方あるのですか?<br><br>神様じゃないけどね。(笑)
好き嫌いと他人を尊重することはまったく別だと思うのですが、そこの所はどうですか、センセ?私にも人の好き嫌いはありますが、嫌いな人に攻撃しようとは思いませんけどねえ。
種としてはそこなんですよ。>好き嫌い。<br>その種をどういうふうに大きくするかは人それぞれなので一概にそうなるとは言いきれませんが、戦争とか紛争の基礎的なところは「気にくわない==嫌い」から来てる物が多いので。<br>同じように好意とか優しさからの延長で平和を求めるのが多いかなとも。<br>でも、一番の問題としては戦争に飽きると平和に、平和に飽きると戦争に行ってしまう人の心の問題だったりもします。現に平和な国であれば有るほど戦争を求める動きが多くなって来ていた歴史もありますし。<br>よって、関連付けはされているもののイコールでは無い。ってことで。<br>#こういうことをじゅぎょうでやろうとするとしゃかいがくのせんせにおこられるのでできませんです(^^;;
個人的意見として、戦争とか紛争って相手が嫌いというより、人間の内なる「欲」が根本なのかなあと(なんとなく)思ってたんですがね。相手が誰であろうが自分の欲を満たすために暴走すると。<br>話を最初に戻すと、おうむの人たちも世間一般の人がキライだったのかな?
宗教・信仰はその人々の支えになっている。<br>それは神がいるいないに関わらず、その人々の生きる糧でもあり、自分が存在しているという証拠でもある。<br>平和の為に争いが起こるのではなく、その信仰を否定・侮辱、それに値する行為を受けたとき、その人々の怒り、憤りが爆発し争いが起こるのだ。<br>ナチスのユダヤ虐殺、9・11事件もその例だ。<br>このような宗教問題は平和ボケした日本人にはわかるはずがない。<br>そもそも宗教を理解できないだろう。<br>日々祈りを捧げる信仰者が本当に命に関わる助けを必要とした時、神に祈ることをしても助かるか助からないかはわからないのに、日本人どもは特になんともないことでも神頼みや仏頼みをする。<br>このようなことがある以上、日本人が宗教問題に関わることは信仰者に対して失礼であるし、意見することはさらに失礼だ。<br>日本人でも宗教に携わった者なら理解できる者がいるだろう。彼らだけが我々の希望である。
そもそも宗教を理解できないだろう。<br>日々祈りを捧げる信仰者が本当に命に関わる助けを必要とした時、神に祈ることをしても助かるか助からないかはわからないのに、日本人どもは特になんともないことでも神頼みや仏頼みをする。<br>このようなことがある以上、日本人が宗教問題に関わることは信仰者に対して失礼であるし、意見することはさらに失礼だ。<br>日本人でも宗教に携わった者なら理解できる者がいるだろう。彼らだけが我々の希望である。
彼らだけが我々の希望である。<br><br><br>長文失礼しました。